
会社概要
1980年設立。福岡市東区の貿易会社として、全国から中国でのOEM製造のご相談をお受けしています。
代表メッセージ

月60万台の現場から、
あなたの1,000個へ。
株式会社タテイシは、1980年に父が設立した会社です。その後、弟が代表を引き継ぎ、2021年から私が代表を務めています。親子、兄弟それぞれが得意な分野で会社を続けてきて、気がつけば設立から40年以上が経っていました。
私自身は、前職の電子部品商社で、2002年に中国・東莞の工場へ出向しました。携帯電話をつくる工場の立ち上げメンバーとして赴任し、工場の管理と部材の仕入れを担当しました。それから19年。ピーク時には約5,500人が働き、月60万台を生産する工場になりました。
実は、いまでも中国語は話せません。自分が覚えるよりも、若くて元気な現地の仲間に日本語を覚えてもらうほうが早い。そう考えて、部下に日本語を教えてきました。いま現地を任せているパートナーは、そのころからの付き合いです。
2021年、弟の紹介でガードナー株式会社と出会い、日本に戻りました。「こんなものをつくりたい」というアイデアを受け取り、19年間で知り合った人をたどって、つくれる工場を中国で探す。それが私の役目です。
現在の中国は、製造業がとても盛んです。「安いけれど品質はそれなり」という印象をお持ちの方もいらっしゃいますが、工場を選び、きちんと段取りをすれば、日本ではつくり手が見つからない商品も形にできます。
ものづくりは、「これはどうやってつくっているのだろう」と興味を持つところからはじまります。そして、ワクワクしないことは身につきません。私たちが得意なのは、アイデアのある商品です。どこにでもある商品をとにかく安く、というご相談には、あまりお役に立てません。「こんなものをつくりたい」という思いを、量産できる形にする。その仕事を、ワクワクしながら、ひとつひとつ丁寧に続けていきます。
株式会社タテイシ 代表取締役立石 英一郎
代表プロフィール
立石 英一郎株式会社タテイシ 代表取締役
- 1971
- 鹿児島県鹿児島市生まれ
- 1990
- 米国シカゴに留学(1994年まで)
- 1995
- 電子部品の総合商社に入社。東京で勤務
- 2002
- 中国・東莞の工場に出向。携帯電話などの電子機器の生産に携わる(2021年5月まで)。ピーク時は約5,500人規模の工場の運営に携わる
- 2021
- 帰国。株式会社タテイシの代表取締役に就任。ガードナー株式会社の製品開発に参画
モットーは「猪突猛進」。ホノルルマラソン、福岡マラソンを完走。50歳を過ぎてから、大型二輪の免許を取得しました。
会社情報
| 会社名 | 株式会社タテイシ |
|---|---|
| 代表者 | 代表取締役 立石 英一郎 |
| 設立 | 1980年(昭和55年)7月1日 |
| 資本金 | 500万円 |
| 所在地 | 〒813-0017 福岡県福岡市東区香椎照葉7丁目5-3 照葉ザタワー 2805 |
| 電話番号 | 092-600-3179 |
| 事業内容 | 貿易業 アイデア商品の製品化・量産の支援(OEM・ODM) 中国の取引工場での設計・製造、検査、輸入、国内納入の手配 「ルームシャンプー」の販売代理店 |
| 体制 | 日本側3名、中国側3名 |
| 取引工場 | 中国5工場(深圳・東莞・江門・安徽省・山東省) |
沿革
- 1980
- 7月、株式会社タテイシを設立
- 2021
- 立石 英一郎が代表取締役に就任。中国の取引工場での、ものづくりの支援をはじめる
体制と取引工場
日本側3名、中国側3名の体制です。15年以上の付き合いがある現地パートナーが、工場探しから生産、輸出までを担当します。
- 日本側
- 3名(福岡市東区)。お客様との窓口、輸入・国内納入の手配を担当
- 中国側
- 3名。工場探し、生産の管理、輸出を担当
- 取引工場
- 5工場。華南地区(深圳・東莞・江門)、安徽省、山東省
- 代表の訪問
- 年に1〜2回、現地の工場を訪問
所在地
〒813-0017 福岡県福岡市東区香椎照葉7丁目5-3 照葉ザタワー 2805
つくりたいものを、
まずは聞かせてください。
図面や仕様書がなくても大丈夫です。手作りの試作品、参考にしたい現物、写真やスケッチがあれば、そこから一緒に考えます。
- 図面なしでOK
- 個人・スタートアップも歓迎
- 1,000個からが目安